ご挨拶
弁護士登録4年目に独立し、かねてからの念願であった、私の生まれ育った町である 東京都千代田区岩本町 での開業となりました。
現在、歯科を含む医療過誤事件(原告側)、消費者事件が中心になってはおりますが、これら以外にも離婚問題・相続問題等の家庭内の問題、不動産に関する事件、インターネット上における被害・著作権問題など様々な分野を取り扱っております。もちろん一般の民事事件も多数ご依頼頂いております。
全ての案件において、弁護士として、ご依頼頂いた方の利益が最大限に実現されるよう力を尽くしたいと考えております。
弁護士 元 橋 一 郎
岩本町 と お玉ヶ池 について
岩本町二丁目-
この周辺は、昭和40年頃まで「神田松枝町」と呼ばれていました。当事務所のあるサンライズビル前にも、これが記されています。「松枝町」の名は、江戸城大奥の「松ヶ枝」という老女中の受領地であったことに由来するそうです。
この周辺では、2000(平成12)年頃にも、複数の造り替えを有する下水溝列によって東西に短冊状に区切られた敷地と、その内に配された礎石立ちや算盤地形(土蔵)などによる建物跡、および多数の埋桶・埋甕などが検出されました。これによって、絵図などに見られるような、方形の敷地を縦に細長く区切って利用している町屋の様子が明らかとなりました。
お玉ヶ池種痘所跡-
江戸時代、天然痘によって、多くの人命が奪われました。種痘の実験に成功した 伊藤玄朴ら蘭方医 が、安政5年(1858年)、江戸幕府の許可を得て「神田お玉ヶ池」に種痘所(種痘館)を開設、後にここは江戸幕府直轄の西洋医学所と改称され、東京大学医学部の前身となりました。
以下は、当事務所ビル前「岩本町三丁目」交差点に設置されている 東京大學醫學部 の碑文です。
お玉ヶ池種痘所の記念に
一八五八年・安政五年五月七日
江戸の蘭學醫たちが資金を出しあつてこの近くの川路聖謨の屋敷内に種痘所を開いた。これがお玉ヶ池種痘所で江戸の種痘事業の中心になった。ところがわずか半年で十一月十五日に類焼にあい下谷和泉橘通へ移つた。この種痘所は東京大學醫學部のはじめにあたるのでその開設の日を本學部創立の日と定め一九五八年・昭和三十三年五月七日創立百周年記念式典をあげた。いまこのゆかりの地に由来を書いた石をすえまた別に種痘所跡にしるしを立てて記念とする。 一九六一年十一月三日 昭和三十六年文化の日。
お玉ヶ池稲荷-
江戸時代のこの場所には現在の不忍池より大きな桜ヶ池という池があり、桜の名所だったそうです。「お玉ヶ池」という地名の由来は、その池の畔の茶屋の看板娘『お玉』が池に入水したことによって、その名をとった稲荷を奉ったことから、それ以後、この場所が「お玉ヶ池」を呼ばれるようになったそうです。当のお玉ヶ池(桜ヶ池)自体は、既に埋め立てられており、現存していません。
マスコットキャラクターの「お玉ちゃん」です。
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